コラム

iPS細胞から臓器は作れるの?

革新的な万能細胞であるiPS細胞の発見により、再生医療は飛躍的な発展を遂げつつあります。
さまざまな疾患でiPS細胞を用いた治験が進められ、ついに2026年3月、iPS細胞から作られた製品が世界で初めて公的に承認され、再生医療は研究から実用化のステージへと突入しました。
そんなiPS細胞ですが、実際にどのような状態で使われているのかご存じでしょうか?
今回は、iPS細胞の加工や人工臓器の研究についてご説明いたします。

※条件及び期限付承認:安全性確認と有効性推定の段階で早期承認する制度。期限内にデータを収集し、有効性を立証する。

iPS細胞から臓器を作って移植するようなイメージを持つ人もいるかもしれませんが、実際の様子は大きく異なります。
現在の臨床研究や治験では、目的の細胞に変えられたiPS細胞は主にシート状、またはスフェロイド(塊)状に加工されて移植されています。

*細胞シート
土台や型などを使って細胞を平面的に培養し、シート状にしたものです。目的部位の表面に貼り付ける形で移植します。移植先となる組織の特徴や必要な細胞数などを考慮して、シートは1枚(単層)、もしくは複数枚重ねた状態(積層)で移植されます。
2026年3月、大阪大学発ベンチャーのクオリプスが開発したiPS細胞由来の「心筋細胞シート(製品名:リハート)」が、虚血性心筋症の治療薬として世界で初めて条件及び期限付承認を受けました。
その他にも、iPS細胞由来シートの治験や臨床研究は、角膜の病気や1型糖尿病でも計画されています。

*スフェロイド
細胞が互いにくっつく性質を利用して培養し、小さなボール状にしたもので、目的部位の内部に注入して移植します。また、スフェロイドを平面的に並べてシートを作る試みも行われています。
現在、重い心不全患者に、iPS細胞から作った心筋細胞のスフェロイド(心筋球)を移植する治験が進行しています。

*シートとスフェロイド、それぞれの役割
心不全のiPS細胞治療研究では、心筋細胞のシートとスフェロイド(心筋球)の両方が使われています。
心筋シートは壊死した心筋の表面に貼り付けることで、シートから分泌される物質が新しい血管作りなどを促し、心筋の機能を改善します。ただし、貼り付けたシートは約3カ月で分解されるため、心機能のみを一時的に回復させるという特徴があります。
一方心筋球は、壊死した心筋の内部に注入することで、患者の心筋と一体化します。これにより患者の心筋そのものが再生し、心機能を持続的に回復させるという特徴があります。

残念ながら現在の技術では、移植できるような人工臓器をiPS細胞から作ることはできません。
しかしiPS細胞のような幹細胞から、オルガノイドと呼ばれる小さな臓器を作ることはできます。
臓器はその臓器特有の細胞に加え、血管や神経、上皮細胞など、さまざまな細胞で構成されています。これらの細胞を立体的に組み合わせて培養し、顕微鏡で見えるくらいの小さい規模で、臓器の構造や働きを再現したものをオルガノイドと言います。
一方、先述のシートやスフェロイドは1種類、または数種類の細胞で構成され、オルガノイドよりもシンプルな構造をしています。

これまでもiPS細胞を利用して、さまざまな臓器のオルガノイドが作られており、病気の原因解明や創薬研究、人工臓器の開発など、多岐にわたる分野への応用が期待されています。
以下に現在行われているiPS細胞由来オルガノイド研究の一部をご紹介します。

*肝臓オルガノイド
肝臓は栄養素から毒素まで、さまざまな物質の分解や合成、解毒を行います。そのため、脂質やアルコールの過剰摂取で肝臓に負荷をかけたり、ウイルスが感染が感染したりすると炎症が持続し、肝硬変による肝機能低下を引き起こします。
現在、ヒトiPS細胞から作られた胎児肝臓オルガノイドが開発されており、この肝臓オルガノイドを肝硬変モデルラットに移植すると、肝硬変が改善したことが確認されました。この研究結果が、これまで有効な治療法がなかった肝硬変の新たな治療法として応用できるのではないかと期待されています。

*脳オルガノイド
脳内には多くの領域が存在し、異なる領域同士が複雑な神経ネットワークで繋がることで機能しています。そのため、生体外で脳の構造や機能を再現できる脳オルガノイドは、脳の機能解明や疾患研究などへの応用が期待されており、現在さまざまな脳オルガノイドが作られています。
一方、脳は意識や思考など、生物の重要な部分を司る臓器でもあるため、「脳オルガノイドが単独で意識を持つのではないか」といった倫理的な懸念も出てきており、扱いには注意が必要になりそうです。

iPS細胞は今、「夢の技術」から「目の前の治療法」へと変わりつつあります。
今後、心臓や脳だけでなく、糖尿病や腎臓病など、さらに多くの分野での普及が期待されています。