マスターセルバンクをどうやって構築するか
マスターセルバンクは、細胞を活用した再生医療や基礎研究で細胞を繰り返し使用する際に構築され、その品質がその後のプロセスに大きな影響を及ぼします。そのため、安全性の高い再生医療や効果的な研究には、品質が高いマスターセルバンクの確保が重要となってきます。本コラムでは臨床用iPS細胞の作製におけるマスターセルバンクについて紹介します。
1. マスターセルバンクとは
iPS細胞は、ほぼ無限に増殖するので、長期間に渡って使用できることが1つの特徴です。しかしながら、実際に利用するときには、同一条件で大量の細胞を使用するため、また継代数を抑えるためにiPS細胞のストックを作り、管理しています。その管理するポイントで構築されるのが、iPS細胞のマスターセルバンクです。マスターセルバンクでは、大量のiPS細胞を数百本程度のチューブに分けて保管しています。
リプロセルでは、細胞加工メーカー(製薬会社やバイオベンチャー)向けの臨床用iPS細胞のマスターセルバンクの構築を進めています。それらの細胞加工メーカーでは、マスターセルバンクを起点に、独自に開発されたiPS細胞の分化誘導技術を用いて、再生医療用の細胞製品を製造します。
2. マスターセルバンクの役割
マスターセルバンクを設けてiPS細胞を管理する最も大きなメリットは、同質の細胞を安定して、繰り返し提供できる点にあります。この特徴により、下記の2点の管理が容易になります。
1つ目は、安全性です。再生医療で活用されるiPS細胞は最終的に人体に投与されるため、各国の厳しい規制要件をクリアする必要があります。例えば、ドナーの適格性や用いられる試薬、保管される施設、操作手順等が対象となります。これらの基準をすべてクリアしたiPS細胞を大量に作製して、マスターセルバンクで保管することにより、安全性を担保したiPS細胞を安定して提供できます。
2つ目は、再生医療に適切なiPS細胞株の選択です。iPS細胞は、神経細胞や心筋細胞のように、様々な細胞に分化することが、もう1つの特徴ですが、iPS細胞株によっては、特定の細胞種になりやすい株やなりにくい株が存在しています。細胞加工メーカーは、各々の目的に適したiPS細胞株を選択したうえで、マスターセルバンクを確保することができます。
3. 臨床用iPS細胞のマスターセルバンクに求められる要件
マスターセルバンクを構築するためには、各国の規制に対応した細胞培養加工施設(CPC)が必要です。無菌状態のクリーンルームで、人の動線まで考慮された施設となります。施設内の作業においても、予め定められた手順書に従って製造し、製造記録も保存して、将来の承認申請に備える必要があります。さらに、構築されたマスターセルバンクから安定した細胞供給を行うため、長期間保管できる場所を確保することも重要となります。
施設だけでなく、再生医療に用いられる細胞にも、安全性を担保するために多くの条件が求められています。適切なドナーを見つけるために、血液検査、既往歴、渡航歴をスクリーニングして、各国の規制にあったドナーの細胞のみを使用します。例えば、ウイルス検査については、複数回実施する必要があり、非常に重要な検査項目となっています。
また、iPS細胞の培養時に使用する全ての試薬においても、規制の対象であり、安全性が認められた試薬しか、使用することはできません。iPS細胞に関しては、特にがん化のリスクが懸念されていますが、mRNAにより作成されたiPS細胞は、がん化のリスクが小さいiPS細胞となります。
このように、再生医療において、マスターセルバンクを構築することは様々な規制に対応することが求められ、手間のかかる作業でありますが、iPS細胞を用いた再生医療の利用が進むにしたがって、その重要性が増してくることは間違いありません。