mRNAによるアルツハイマー病患者由来iPS細胞の樹立

1.アルツハイマー病患者の尿からiPS細胞の作製に成功

 リプロセルが販売するiPS細胞樹立キットを用いて、軽度アルツハイマー病患者からiPS細胞を樹立したと、慶應大学の岡野栄之教授のグループから報告がありました。(Establishment of KEIOi005-A iPSC line from urine-derived cells (UDCs) of a mild Alzheimer’s disease (AD) donor with multiple risk SNPs for sporadic Alzheimer’s disease (sAD). Stem Cell Res. 2022;62:102802.)本コラムでは、この論文の特徴を解説しています。

2.この論文の特徴

 この論文中で行われたiPS細胞作製には、以下の3つの大きな特徴があります。

2-1.mRNAを用いていること

  iPS細胞が発表された当時用いられていたのは、レトロウイルスベクターを用いて山中4因子と呼ばれる初期化因子(遺伝子)を挿入する方法です。しかしウイルスベクターを用いて外来遺伝子を取り込むことは、がん化を誘発する危険性が高いため、現在はより安全だと考えられるエピソーマルベクターやセンダイウイルスベクターを用いる方法が主に用いられています。これらの方法では、導入された遺伝子はもともとの細胞のDNAを切ることなく独立して働くのですが、予期せぬゲノムへの取り込みや外来の遺伝子が細胞内に長期残存することによる悪影響が懸念されています。 そこで、注目を集めているのは、導入因子としてmRNAを使う方法です。導入されたmRNAは、細胞を初期化しiPS細胞を作り出す役割を果たした後すぐに分解されるため、細胞内に残留することがありません。そのため、従来の手法で作製したものよりも、よりゲノム損傷が少なく安定性の高いiPS細胞を作製することが可能なのです。

2-2.アルツハイマー病患者からiPS細胞を作製していること

  この研究ではアルツハイマー病の患者さんからiPS細胞を作製しています。IPS細胞は様々な細胞へと分化誘導できるので、この患者さん由来のiPS細胞を神経細胞に分化することで、患者さん本人を危険にさらすことなく、薬の評価や病態機構の解明などを行うことができます。 また提供者が全アルツハイマー患者の95%を占めるという孤発性アルツハイマー病の患者であることから、作製されたiPS細胞を用いた研究は認知症患者の増加などの高齢化に伴う社会問題解決の糸口になるのではないかと期待されています。

2-3 .尿を使用していること

  これまでの多くのiPS細胞は皮膚に含まれる線維芽細胞や血液から作製されていましたが、この研究では患者さんから提供された尿中の細胞からiPS細胞が作成されました。尿は、皮膚や血液よりも採取が容易なため、従来は採取が難しかった疾患患者や子どものiPS細胞を作製することが容易になると考えられます。

3.まとめ

 再生医療や創薬の分野において、iPS細胞は革新的な役割を果たすことが期待されています。京都大学の山中伸弥教授らによる発表から15年が経過し、その作製技術も進歩し続けてきました。本研究で用いられた尿由来細胞のRNAリプログラミング法は操作の利便性や細胞の安定性が高く、アルツハイマー病を始め、様々な病気の研究や治療への活用が期待されます。