シングルセル解析をやさしく解説
「がんやiPS細胞の研究が進化するのはなぜか」【前編】

近年、生物学の分野で盛んに行われているシングルセル解析を、やさしく解説します。
シングルセルは、1個の(Single)細胞(Cell)という意味。つまり、1個の細胞に着目して解析するのがシングルセル解析で、がん研究やiPS細胞研究を進化させるのに欠かせない技術となっています。

シングルセル解析とは

がんやiPS細胞の研究に、なぜシングルセル解析が役立つのかを説明する前に、まずは、細胞を解析する目的を知っておく必要があります。

そもそもなぜ細胞を解析するのか

細胞とは、生物の体をつくる構造の単位のことで、細胞1個で生きている生物もありますし、人のように何十兆個もの細胞が集まって1つの生物を形成することもあります。

なぜ人の細胞を解析する必要があるのか。つまり、なぜ人類は細胞について知らなければならないのでしょうか。細胞を調べれば、生物のことがより詳しくわかるからです。医学の領域であれば、病気の原因を突き詰めると細胞の異常に行き着きます。したがって人類が細胞を知る理由は、例えば下のように理解することができます。

●細胞を知る(細胞を解析する)

●細胞の異常を理解できる

●病気を理解できる

●治療法がみつかる

●病気が治る

細胞を知れば治らない病気が減り、病気に苦しむ人を助けることができるかもしれません。

シングルセル解析ではない解析とは

「シングルセル解析は1個の細胞に着目して解析すること」と聞くと、細胞のことを知るために1個の細胞に着目するのは当然のことではないのか、と感じるかもしれません。しかし細胞の研究の世界では、それが当たり前のことではありませんでした。なぜなら細胞はとても小さいからです。1個の細胞をつぶさに解析することはとても大変です。シングルセル解析ではない、従来型の細胞の解析はどのようなものなのかというと、「複数の細胞集団の平均値を解析する方法」と説明されています(M-hub 2018年7月20日記事参照)。数十万個や数百万個の細胞をまとめて解析するのがこれまでの方法です。

従来の方法との違いは、このようになります。
●従来の細胞の解析:複数の細胞の集団の平均値を解析する
●シングルセル解析:1個の細胞に着目して解析する

木をみて森をみず、という言葉がありますが、従来の細胞の解析方法は、まさに森をみる方法です。シングルセル解析は、より小さな単位である木をみる手法となります。

全体を一気にとらえることはできない「やはり1個に着目しないと」

森を観察すると、森で起きていることの全体が理解できます。さらに森で起きていることの原因を探るには、森を構成する木がどのようになっているのか、枝や葉がどう変化しているのかを調べる必要があります。それと同じように、生物学や医学の領域でも、ひとつひとつの細胞の個性や多様性を調べると、生物のことや病気のことをより理解できるのではないか、と考えるようになりました。 そしてシングルセル解析が始まりました。すると同じ種類の細胞でも形が違っていたり、細胞内でつくられるタンパク質が違っていたりと、個性があることがわかりました。また、人が誕生して成長し老いて死亡するまでにさまざまな変化を遂げるように、細胞も誕生して死滅するまでにかなり変化することが、シングルセル解析によってわかってきました。

前編のまとめ~より生物を知るためにやる

シングルセル解析の解説の前編はここまでになります。
シングルセル解析は、例え面倒な作業をすることになっても細胞1個に着目してその性質を見極めようとします。研究者たちは、それが生物を知るうえで欠かせないと考えているからです。 後編ではシングルセル解析が、がん研究とiPS細胞研究にどのように関わっているのか紹介します。シングルセル解析が「使える技術」であり「重要技術」であることがわかると思います。