シングルセル解析をやさしく解説
「がんやiPS細胞の研究が進化するのはなぜか」【後編】

シングルセル解析を解説するコラムの後編です。
前編では、シングルセル解析と、従来の細胞の解析方法には次のような違いがあると紹介しました。

●従来の細胞の解析方法:複数の細胞の集団の平均値を解析する
●シングルセル解析:1個の細胞に着目して解析する

後編である本稿では、シングルセル解析が、がん研究とiPS細胞研究にどのように関わっているのか紹介します。シングルセル解析は医学領域において「使える技術」であり「重要技術」です。そして、この技術が治せない病気を減らすことに貢献し、病気に苦しむ人を助けることにつながるかもしれません。

なぜシングルセル解析ががん研究に役立つのか

がん研究において、シングルセル解析がどのように使用されているかを紹介します。

がん治療が効かなくなる理由を知りたい(治療抵抗性と不均一性について)

「がんの治療抵抗性」という言葉があります。これは、本来は治療の効果が出るはずなのに、がんの種類によっては効果が出なくなる現象のことです。がんの治療抵抗性が発生するのは、がん細胞のなかに、治療に抵抗する力を持った細胞があるから、と考えられています。シングルセル解析を用いて、がんの治療抵抗性が発生するメカニズムやがん細胞の不均一性を明らかにする研究が行われています。 正常細胞は均一であることが多いのですが、がん細胞は不均一なことがあり、これをがん細胞の不均一性といいます。2人の人が大腸がんを発症して、2人に同じ抗がん剤を投与したとします。このとき1人には効くのに、1人には効かないことがあるのですが、これは大腸がんの細胞が不均一なため、抗がん剤が効く大腸がんの細胞と、抗がん剤が効かない大腸がんの細胞があるためと推測できます。シングルセル解析によってがん細胞の不均一性を解明できれば、新たな抗がん剤の開発を加速することができるかもしれません。

がんが転移する理由を知りたい

細胞生物学を専門にする佐々木浩氏は、がんが転移する謎がシングルセル解析でわかるかもしれないと指摘しています(HILLS LIFE 2018年6月18日記事参照)。がんが転移することは、医療従事者ではない一般の人にもよく知られていることです。しかし、がんの転移は理解しづらいものがあります。がんの転移とはすなわち、がん細胞の移動なのですが、普通は体内の細胞は移動しません。例えば肺の細胞は肺にとどまったままですし、心臓の細胞も心臓にとどまったままです。
がん細胞の転移は、たった1個のがん細胞が移動する能力を獲得して始まると考えられています(HILLS LIFE 2018年6月18日記事参照)。つまり、「がん細胞だから転移する」のではなく「がん細胞のなかに転移する細胞がある」ということになります。ではなぜ転移しないがん細胞のなかから、転移できる能力を持ったがん細胞が生じるのか。シングル解析を利用すれば、がん細胞が転移する理由が明らかになり、将来の治療に活かされるかもしれません。

なぜシングルセル解析がiPS細胞研究を進化させるのか

京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥教授のノーベル医学・生理学賞受賞で世の中に知られるようになったiPS細胞の研究にもシングルセル解析が使われています。

iPS細胞とは

人は元々、1個の細胞で、それが分裂を繰り返すことで人の形になります。「人の形になる」とは、ある細胞が心臓になり、ある細胞が肝臓になり、ある細胞が骨になること、と言い換えることができます。元々1個の細胞が、心臓の細胞になったり肝臓の細胞になったり骨の細胞になったりして人ができあがるわけです。iPS細胞は、ある細胞に特定の遺伝子を組み込むことで、多様な細胞になることができる万能な細胞です。

シングルセル解析は、世界初の人へのiPS細胞移植に貢献した

2014年に、理化学研究所などが世界で初めて、iPS細胞でつくった細胞を人に移植しました。患者さんの皮膚からiPS細胞をつくり、それを網膜細胞にして患者さんの目に移植したのです。京都大学の渡辺亮氏は、このiPS細胞由来の網膜細胞の安全性を確かめるためにシングルセル解析を行いました(M-hub 2018年7月20日記事参照)。渡辺氏は、iPS細胞の分野でシングルセル解析を積極的に活用しています。

iPS細胞をコントロールできるかもしれない

iPS細胞は、どの臓器の細胞にでも変わる(分化と言います)ことができる可能性を秘めているのですが、実際にiPS細胞を特定の臓器の細胞に高純度に分化させることは難しいことが知られています。なぜiPS細胞を目的の細胞に高純度で分化できないのかというと、個々のiPS細胞は完全に同じ性質をもってはおらず、簡単には均一な細胞になってくれないからです。
シングルセル解析を進めれば、特定の臓器の細胞になるiPS細胞と、そうならないiPS細胞を特定できるだろうと期待されています。それがわかれば、効率よく臓器の細胞をつくることができ、再生医療や創薬開発に応用できるかもしれません。

まとめ~生物の謎の解明が進むはず

シングルセル解析が難しかったのは1個の細胞が小さかったからです。細胞の体積は1ピコリットル程度しかなく、これは1リットルの1兆分の1の大きさです。しかもシングルセル解析では、小さい細胞の中身を詳しく調べなければなりません。
近年、シングルセル解析が盛んに行われるようになったのはテクノロジーが進歩したからです。細胞を1つずつ取り出すことができたり、顕微鏡で細胞がより正確に観察できるようになったりしたので、細胞1個の研究ができるようになりました。このように、シングルセル解析が進化すれば病気の解明が進み、治せる病気がまた1つ増えるはずです。

「テクノロジーの進化」は着実に起きています。リプロセルが提供しているシングルセル解析システム「Nadia Innnovateシリーズ」は、シンプルな操作で1個の細胞をカプセル化することができます(当社製品サイト参照)。シングルセル解析ではサンプルから1個の細胞を抜き出すステップが最も重要ですが、Nadia Innnovateシリーズならその作業を効率的に進めることができます。リプロセルグループはシングルセル解析の進化に貢献したいと考えています。