進行性子宮頸がんの治療法として注目されるTIL療法。その最前線で研究を続ける岩田卓先生(慶応義塾大学医学部産婦人科学教室)に、TIL療法の概要や他の治療法との違い、効果とメリット、そして現在進行中の臨床試験について詳しくお話を伺いました。TIL療法の可能性と未来を探ります。

 
 

リプロセル:
「本日はお忙しい中、貴重なお時間をいただきありがとうございます。まずは、岩田先生のご経歴について教えてください。」

 

岩田先生:
「出身は和歌山県の高野山の麓、九度山町(くどやまちょう)ですが、通学の便もあり、奈良県にある智辯学園に通いました。慶應義塾大学医学部に進学し、産婦人科に入局しました。私にとって転機となったのが、河上裕教授(現国際医療福祉大学大学院・教授)との出会いです。河上先生はTIL療法の開発者である米国国立衛生研究所(NIH)のRosenberg博士のもとで10年にわたり研究をされ、日本の腫瘍免疫学の発展のために帰国して慶應義塾大学で新しい教室を立ち上げておられました。2000年に当時の産婦人科教授から、大学院生として河上先生のもとで研究に専念することを勧められて腫瘍免疫学の道に進み、学位を取得しました。その後、関連病院への勤務を経て2007年から産婦人科学教室に帰室し、現在に至ります。」

リプロセル:
「ありがとうございます。では、早速ですが、TIL療法とは具体的にどのような治療法なのか、詳細にご説明いただけますか?」

 

岩田先生:
「TILとは、腫瘍浸潤リンパ球(Tumor Infiltrating Lymphocyte)のことで、がんの組織に入り込んでいる免疫細胞のことです。TIL療法は、患者さん自身の腫瘍内にあるリンパ球を活用した免疫療法です。手順としては大きく以下のようなステップがあります。
まず、患者さんから小手術で腫瘍を切除します。腫瘍内には、がん細胞を攻撃する免疫細胞―いわゆる”腫瘍浸潤リンパ球:TIL”が含まれています。次に、その腫瘍を細かく砕いて培養するとTILが培養液中に出てきて増殖します。こうして抽出したリンパ球の中から、がんを攻撃する能力が高いTILを選別し、さらに2週間で1000倍以上の速度で急速に増殖させます。
そして、体外で十分に増やしたTILを、患者さんに再投与します。このとき、TIL投与前の患者さんの免疫システムを一度”リセット”するために、骨髄抑制―つまり抗がん剤によって白血球をほぼゼロにする処置―を行います。これにより、増殖したTILが体内に定着し、がん細胞を攻撃しやすい環境が整えられるのです。簡単にまとめると、”患者さん自身のがんを攻撃する免疫細胞を増やして、再び体内に戻す”という養子免疫療法と呼ばれる仕組みになります。」

リプロセル:
「なるほど。従来の免疫療法と比較して、TIL療法の大きな特徴や違いは何でしょうか?」

 

岩田先生:
「従来の免疫療法は、あらかじめ特定のがん抗原をターゲットとして治療するものが多いのですが、これには限界があります。なぜなら、がんは患者さんごとに異なる多様な変異タンパクを発現しているため、個別にどのようながん抗原が存在しているのかを調べたうえで、どの抗原を使った免疫療法が患者さんに効果があるのかを予想しなければなりません。時間の限られた進行がんの患者さんに行うには無理があります。また、多くの患者さんに共通する抗原に対する治療では十分な効果が得られないことが分かっています。
一方、TIL療法は患者さん自身の腫瘍から取り出した、がんに対する様々な攻撃能力を持った膨大な種類のリンパ球を利用します。がんとマッチするリンパ球のみが体内で自然に選択され、大きく増殖するのです。結果として、現在の技術では不可能なこの”選択”のプロセスによって、非常に高い奏効率(がんが縮小または消失する率)につながっていると考えられています。」

リプロセル:
「実際にTIL療法は、どのがん種に対して有効とされているのでしょうか?」

 

岩田先生:
「これまでの臨床経験や研究から、TIL療法が特に効果を示しているのは、皮膚がん、具体的には悪性黒色腫(メラノーマ)です。メラノーマでの研究は長く、海外では多くの臨床試験で成果が報告されています。また、非小細胞肺がんや頭頚部がんなどに対しても、免疫チェックポイント阻害剤同様、免疫が働きやすいという背景から効果が期待されています。そして、私たちが特に注目しているのが子宮頸がんです。子宮頸がんは、HPVというウイルスが原因となるがんであるため、免疫が働きやすい性質があります。」

リプロセル:

「患者さんにとって、この治療法の一番のメリットはどういった点でしょうか?」

 

岩田先生:

一番のメリットは、現在行われている免疫療法の中で、最も奏効率が高いことです。そして、特筆すべき点は、がんが消失した完全奏功の患者さんにおいては、その後の再発が極めて少ないとされていることです。Rosenberg博士のグループが行ったメラノーマに対するTIL療法の報告では、完全奏効率が21.5%(93例中20例)で、その20人中、再発したのは1例だけと報告されています。彼らは子宮頸がんでも9例にTIL療法を行い、22%(9例中2例)が完全奏功し、2例ともにその後再発していません。」

リプロセル:

TIL療法の海外での実績は既にあるのでしょうか?」

 

岩田先生:

はい。先ほど述べた米国NIHのRosenberg博士のグループでは多くの症例にTIL療法を実施してきました。そして、彼のもとでTIL療法を行っていた研究者が立ち上げた企業(Iovance社)も、TIL療法を大きく展開しています。彼らは主に3種のがん(メラノーマ、非小胞性肺がん、子宮頸がん)を中心に取り組んでおり、既にメラノーマでは2024年2月にFDA(米国の規制当局)に認可され、通常医療として実施されています。Iovance社は子宮頸がんと非小胞性肺がんで現在企業治験を行っており、近い将来、FDAの承認が下りるだろうと予想しています。」

リプロセル:

海外で実施されているTIL療法と、日本で臨床試験として実施しようとしているTIL療法に違いはありますか?」

 

岩田先生: 基本的には、Rosenberg博士が開発した方法と同じです。なお、Iovance社は多くの臨床試験を行うなかで、免疫チェックポイントとの併用療法や、TILの効果が低い患者のリトライ(再挑戦)なども試みています。TILの培養法も少しずつ改良して、できるだけ短期間で患者さんにTIL製品を届けられるよう工夫しています。我々も同じ戦略で進めており、先進医療で経験を積んだ上で、次のステップとして、より改良したTIL製品を作り、提供したいと考えています。」

 
 

まとめ

今回は、岩田先生にTIL療法の概要や他の治療法との違い、海外での実績についてお話を伺いました。TIL療法は、患者さん自身の免疫細胞を活用することで、がんに対する高い効果を発揮する治療法です。特にメラノーマや子宮頸がんにおいては、完全奏効率が高く、再発率が低いことが確認されています。
次回は、日本での臨床試験について詳しくお伝えします。後編もぜひご覧ください。

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