拒絶反応ゼロへの挑戦:ユニバーサルドナーセルとは

iPS細胞などの幹細胞を用いた再生医療は、これまで治療が難しかった病気や怪我に対する新たな希望をもたらしています。しかし、他人の細胞を移植する際には「拒絶反応」という大きな壁が立ちはだかります。この問題を解決する切り札として期待されているのが、「ユニバーサルドナーセル」です。今回は、ユニバーサルドナーセルの概念と、その実現に向けた取り組み、そして再生医療における重要性について解説します。

なぜ拒絶反応が起こるのか?HLAの重要性

私たちの体には、自己と非自己を区別する免疫システムが備わっています。他人の細胞や臓器が体内に入ると、免疫システムはそれを「異物」と認識し、攻撃を始めます。これが拒絶反応です。

この自己・非自己の認識に重要な役割を果たしているのが、「HLA(Human Leukocyte Antigen:ヒト白血球抗原)」という分子です。HLAは、ほぼ全ての細胞表面に存在し、個々人で異なる組み合わせを持っています。そのため、HLAの型が大きく異なると、移植された細胞は異物と認識され、強い拒絶反応を受けてしまいます。

ユニバーサルドナーセルとは?

ユニバーサルドナーセルとは、「誰に移植しても拒絶反応が起こりにくい、あるいは全く起こらないように遺伝子操作された細胞」のことです。 この細胞が実現すれば、以下のような大きなメリットが期待できます。

  • •iPS細胞ストックの限界を超える: 現在、日本を含めたいくつかの国では、あらかじめ様々なHLA型のiPS細胞を作製・備蓄しておく「iPS細胞ストック」プロジェクトが進められています。これにより、ある程度の日本人には適合するiPS細胞を提供できるようになりましたが、全ての人をカバーするには限界があります。ユニバーサルドナーセルは、この問題を根本的に解決できる可能性があります。
  • •緊急時の迅速な対応: 患者さん自身の細胞からiPS細胞を作製するには時間がかかります。緊急性の高い疾患に対しては、すぐに使えるユニバーサルドナーセルが非常に有効です。
  • •コスト削減: 個々の患者に合わせたiPS細胞を作製・管理するよりも、少数のユニバーサルドナーセル株を大量生産する方が、コストを大幅に削減できる可能性があります。
  • •オフザシェルフ化の促進: あらかじめ品質管理された細胞製品を「既製品(オフザシェルフ)」として常備し、必要な時にすぐ使えるようになるため、再生医療の普及を加速させます。

ユニバーサルドナーセル実現へのアプローチ

ユニバーサルドナーセルを作製するためには、主にHLA遺伝子をゲノム編集技術により改変するアプローチが取られています。

  • 1. HLAクラスI分子の除去・抑制HLAクラスI分子の足場となるβ2ミクログロブリン(B2M)遺伝子を破壊することで、全てのHLAクラスI分子の細胞表面への発現をまとめて抑える方法が研究されています。
  • 2. HLAクラスII分子の除去・抑制HLAクラスII分子も拒絶反応に関与するため、その発現を制御するCIITA遺伝子などを標的にして発現を抑制します。
  • 3. 免疫抑制分子の発現拒絶反応を抑える働きを持つ分子(PD-L1、CD47など)を細胞表面に強制的に発現させることで、免疫細胞からの攻撃を回避しやすくします。
  • 4. 特定のHLA型の発現(HLAホモ化など)特定の、比較的多くの人に適合しやすいHLA型のみを発現させる、あるいはHLA遺伝子座をホモ接合化(両親から同じ型の遺伝子を受け継いだ状態にする)することで、適合範囲を広げる試みも行われています。
  • これらのアプローチを組み合わせることで、より拒絶反応を起こしにくい、安全性の高いユニバーサルドナーセルの開発が進められています。

おわりに

ユニバーサルドナーセルの実現には、まだいくつかの課題も残されていますが、ユニバーサルドナーセルの開発は、再生医療をより多くの人々にとって身近で実用的な治療法へと進化させるための重要なステップです。拒絶反応という大きなハードルを乗り越え、必要な時に誰でも高品質な細胞治療を受けられる未来の実現に向けて、今後の研究開発の進展に大きな期待が寄せられています。

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臨床グレード(臨床用)iPS細胞 : https://reprocell.co.jp/clinical_ipsc/

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