iPS細胞の応用最前線:高精度「皮膚モデル」へ
再生医療の発展とともに、iPS細胞(人工多能性幹細胞)の応用範囲は広がり続けています。そのひとつが、ヒト皮膚の高精度な「モデル」の構築です。iPS細胞から分化誘導された線維芽細胞を用いて、真皮層を再現し、その上に角化細胞を重ねて「フルスキンモデル」を作成するという、意欲的な試みが下記の論文で報告されています。
著者: Lucy Smith, David Bunton, Michael Finch and Stefan Przyborski
論文タイトル: Bioengineering a Human Dermal Equivalent Using Induced Pluripotent Stem Cell-Derived Fibroblasts to Support the Formation of a Full-Thickness Skin Construct
掲載雑誌: Cells 2025; 14, 1044
なぜiPS細胞を皮膚モデルに使うのか?
ヒト皮膚のin vitro(試験管内)モデルは、化粧品・医薬品の安全性試験、病態解析、創傷治癒研究など、応用範囲が非常に広い技術です。これまでは、株化された細胞やドナー由来のプライマリー細胞が使われてきましたが、それぞれに課題があります。前者は本来の細胞機能を十分に保持していない場合があり、後者はバッチ間差や採取が困難なことが問題でした。
iPS細胞はこれらの欠点を補う「持続可能で個別化が可能」な細胞ソースとして期待されています。本研究では、iPS細胞から誘導された線維芽細胞(iDFs)を用いて真皮を再現し、その上にケラチノサイトを重ねることで、フルスキンモデルを構築することに成功しました。
どのようにモデルは構築されたのか?
まず、iPS細胞由来の線維芽細胞を多孔性のスキャフォールド(Alvetex)に播種し、28日間培養して真皮相当の組織を作成しています。その後、ヒト由来のケラチノサイトを播種し、さらに14日間の培養を経て、表皮層を再構築します。
結果として得られた皮膚モデルでは、皮膚のハリや弾力を支えるコラーゲンIやフィブロネクチンといった主要な細胞外マトリックス(ECM)成分が適切に分泌され、ケラチノサイトも正常に分化・極性化しており、生体のヒト皮膚に近い構造が得られました。特に、表皮のバリア形成に関与する複数のタンパク質の局在も再現されていました。また、細胞の接着や情報伝達に必要な接着タンパク質も正確に発現・局在しており、完成度の高い皮膚モデルが構築されています。さらに、基底層では幹細胞マーカーp63や増殖マーカーKi67の発現も確認され、再生能のある皮膚構造が構築されたことが示唆されています。
今後の展望と意義
本研究が示した最大の成果は、「iPS細胞由来の線維芽細胞でも、生体に近い皮膚構造を安定して再現できる」という点です。これまで課題とされてきたドナーごとの品質のばらつきを乗り越える、大きな一歩と言えるでしょう。将来的には、表皮側もiPS細胞由来のケラチノサイトに置き換えることで、完全にiPS細胞から構築された皮膚モデルが実現する可能性があります。
これにより、患者由来のiPS細胞から個別化された皮膚モデルを作成し、難治性皮膚疾患の病態解析や創薬、さらには移植医療への応用まで視野に入れることができます。また、動物実験の代替技術としての意義も大きく、倫理的な側面からも期待が集まります。さらに、今後はメラノサイトや免疫細胞、血管内皮細胞などの導入により、より多細胞型・高機能な皮膚モデルの開発が進むと考えられます。
終わりに
iPS細胞の応用は、単なる細胞移植にとどまらず、病態モデルや薬効評価系のプラットフォームとしての利用が進んでいます。今回の皮膚モデルはその好例であり、再生医療の基盤技術としてのiPS細胞の可能性を再認識させてくれます。
関連製品・サービス
iPS細胞分化誘導受託サービス:https://reprocell.co.jp/ipscneuron/
成長因子・サイトカイン:https://reprocell.co.jp/qkine/
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