安全な再生医療の実現に向けて:mRNA法によるiPS細胞樹立
人工多能性幹細胞(iPS細胞)の誕生は、再生医療に革命をもたらしました。iPS細胞は、私たちの体のさまざまな細胞に変化できる能力(多能性)と、ほぼ無限に増殖できる能力を併せ持つ夢のような細胞です。この細胞を用いることで、病気や怪我で失われた組織や臓器の機能を回復させる治療法の開発が期待されています。
iPS細胞を樹立する方法はいくつか存在しますが、近年、特に注目されているのが「mRNA法」です。今回は、このmRNA法によるiPS細胞の樹立方法と、再生医療で用いる際の大きなメリットについて解説します。
mRNA法とは
iPS細胞は、皮膚細胞や血液細胞などに、特定の遺伝子(初期化因子)を導入することで作製されます。これらの遺伝子が細胞内で働くことで、細胞が「初期化」され、受精卵に近い状態、つまり多能性を持つ状態へと変化するのです。 初期に用いられた初期化因子を細胞に導入する方法としては、ウイルスベクター法が主流でした。しかし、ウイルスベクター法には、導入した遺伝子が細胞のゲノムに組み込まれてしまうリスクがあり、これが将来的にがん化を引き起こす可能性が懸念されていました。 そこで登場した方法の一つがmRNA法です。
再生医療におけるmRNA法の圧倒的な優位性
mRNA法を用いて樹立されたiPS細胞は、再生医療への応用において、従来法に比べて重要な優位性を持っています。
〇安全性の向上:ゲノムへの外来遺伝子挿入リスク「ゼロ」
これがmRNA法の最大のメリットです。ウイルスベクター法では、運び屋であるウイルスが持つ遺伝子や、導入したい初期化因子の遺伝子が、細胞自身のゲノムDNAに意図せず組み込まれてしまう可能性がありました。ゲノムに傷がつくことで、細胞ががん化したり、予期せぬ変化を起こしたりするリスクが指摘されていました。またゲノムには組み込まれないベクターにおいても、導入ベクターの細胞内での長期的な残存が問題視される場合があります。
一方、mRNA法では、導入するmRNAが細胞のゲノムに組み込まれることはありません。 mRNAは細胞質内でタンパク質合成の鋳型として利用された後、速やかに分解されます。そのため、外来遺伝子のゲノム挿入に伴う発がんリスクや遺伝子変異のリスクを根本的に排除でき、より安全性の高いiPS細胞を作製することが可能です。これは、患者さんへの移植を前提とする再生医療において極めて重要なポイントです。
mRNA法の課題と今後の展望
多くのメリットを持つmRNA法ですが、いくつかの課題も存在します。例えば、mRNAを細胞内に効率よく導入する技術のさらなる改善や、高品質なmRNAを低コストで大量に製造する技術の開発などが求められています。 しかし、これらの課題は世界中の研究者によって精力的に取り組まれており、技術は日々進歩しています。新型コロナウイルスワクチンでmRNA技術が広く実用化されたことも、iPS細胞分野におけるmRNA法の発展を後押しするでしょう。
おわりに
mRNA法によるiPS細胞樹立技術は、再生医療の安全性を飛躍的に高める可能性を秘めています。ゲノム編集技術など他の先端技術との融合も進み、将来的には、より多くの難病に対する効果的かつ安全な治療法の開発に貢献することが期待されます。mRNA法が拓く未来の医療に、これからも注目していきましょう。
■当社関連製品・サービス
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iPS細胞樹立受託サービス : https://reprocell.co.jp/reprogramming-service
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